2Eの人の大学生活サバイバル体験談③

こちらの記事は古く、現在の当団体の方針とは大きく異なる内容である可能性が高いですのでご注意ください。

 

アルバイトは個別指導塾講師や試験監督、家庭教師や図書館での司書補助業務をしていました。

 

図書館のアルバイトは返却された本の管理番号を無意識に覚えようとしてしまうため、一冊ずつ戻す方法でしか書架に戻せなかったため、

卒業まで勤務はできたのですが、

母に「図書館の仕事は職業にはできないね」と言われてしまいました。

 

 

就職活動は障害者枠に絞って受けていました。

当時は発達さん向けの仕事は「◯◯補助」といった特に2Eの方には向いていないのではないかというような業務が多く、
それ以外となると少なかったこともあり、4年生の時は「親に得をさせてあげるため」という理由で教養科目を詰め込んだ時間割を
カウンセリングセンターに提出していました。

健康を心配されたので、まあまあ減らしました。

 

結局障害者枠は一社も受かりませんでした。

 

卒業後はクローズで病院の売店でパートをしていましたが、手がうまく動かせなくなったため、障害枠にしてくださいと頼みました。

でもその会社の障害者枠はお皿洗いしかなく、私はお皿洗いは知的さんより遅いので退職しました。

 

今はアンケートの内職とボランティアで自殺を止めるゲートキーパーをしながら、

B型作業所と精神科デイケアに通っています。

 

こちらで原稿を書くことが決まってから、嬉しくなってしまい、作業中に鼻歌を歌ってしまうので、

作業所は週一回しか通うことを許されていません。

恋愛の方はうまくいき、医学博士課程に在籍しながら働いている方に

私が望んでいた長いお付き合いをした上で結婚をと言ってもらいました。

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