ギフテッドの生きづらさ~私の場合①

「なぜ私は普通になれないんだろう?」

私がはっきりと自分が周囲と馴染めていない事を自覚したのは小学3年生でした。

 

ギフテッドの生きづらさ~私の場合

当時の自己評価

当時の自分は、自分自身の事を下記のように思っていました。

・好奇心旺盛
・明るい
・何事も全力でやる頑張り屋さん
・若干おてんば

 

自己評価だけ見れば、お友達に好かれそうな属性が並びますが、それがそうでもないのです。

お友達に話しかければ話してくれるのですが、少し話すと相手は仲良しグループの所に戻っていってしまい 自分自身にはいつまでたっても”特に仲の良い子”が出来ませんでした。

なぜ友達が出来なかったか

話が合わない

そもそもですが、まず同年代と共通して盛り上がれる話題をあまり持っていませんでした。

テレビ・ゲーム・漫画など、たしなむ程度にはやっていましたが、普段の生活サイクルの中でのウェイトは非常に低く、 バラエティ番組やアニメを見るよりも本を読んだり、映画を見たり(主に洋画)、プラネタリウムに行く方が好きでした。

また相手の会話を先読みしてしまい、話をさえぎってしまったり(今はちゃんと最後まで聞けるようになりました)、話のテンポや会話の切り返し方も上手に周りに合わせる事が出来ませんでした。

 

ちなみに現在は会話をする時、相手の理解がどの程度までついてきているかを相手の表情を見て分析しながら、話す内容・話し方・補足説明の量を瞬時に判断して臨機応変に変える、という事を日常的に行っています。

このスキルが身についたため、大体の人と話が合わせられるようになりました。

 

説明が分かりやすくて上手だと言ってもらえる事も多いので、会話能力はそれなりに高くなっていると思います。

それでも私の”思考”の部分、(「その行動に至る理由は何だったの?」的な質問ですね)を質問された時に、

相手にうまく伝わっていないんじゃないかと感じる時がまだまだあって、

どういう風に説明すれば伝わったのだろうかと、今も試行錯誤の日々です。

 

規律に厳しい

また、学校の規則、先生の指示、といった社会的ルールに厳しく、守れていない人に対しては注意せずにはいられないタイプだったので、煙たがられていた部分もあったと思います。

自分の認識のズレ

当時私は自分の事を、成績が優秀なのは勉強など「とても努力している」「頑張り屋」だから、と思い込んで疑っていませんでした。

 

しかし実際は2を聞いて10を知る理解力タイプ。
(理解力が他の人より勝っていると自覚し始めたのはもう少し後で、この事を自覚し始めた頃から、少しずつ周りに合わせられるようになっていきました。)

 

宿題こそやっていましたが、家ではそれ以外の勉強はしていませんでしたし、そもそも教科書は学校に置きっぱなしでした。

・授業を真面目にきく
・宿題をやる

この2つを持って「私はとても努力している」と思っていたのです。

この2つさえしっかりやれば、成績はあがるのに、なぜみんなやらないの?

私はこんなに頑張ってるのに、なぜみんな努力しないんだろう?と思っていたのです。

低い自己肯定感

当時の私の自己肯定感は相当低く、 「私はなんで生きているんだろう?」「私が死んだら本気で泣いてくれる人は存在しない」 と感じていました。

「私には得意な事は何もない、一生懸命頑張ってるのに周りから煙たがられ、私を好いてくれる人はいない。生きてる意味があるんだろうか?」と。

 

勉強は得意でしたが、それすらも恥ずかしく思っていました。

勉強というのは持って生まれた才能があまり関係ないジャンル、一番努力が反映されやすいジャンル、やれば誰でも優秀になれる。

 

勉強だけ得意なのは裏を返せば、才能がないから唯一勉強を一生懸命頑張っている、才能のないダメなやつ、恥ずかしいやつ。 という思考回路です。

周りに合わせる努力

孤独なうえ、自己肯定感も低かったので周りに合わせられない事が辛かったです。

 

周囲からダメな方向に浮いている事を自覚していて、周りに合わせようとも試みました。

クラスの「普通っぽい子」を分析し、 一番平均的で目立って良い所もなければ害もないタイプを選別。

その子達の共通点を何だろう?と観察し、特に友達との会話の返し方や先生に当てられた時の回答の仕方などを真似してみました。

が、続きませんでした。

 

例えるなら、憧れの芸能人になりきろうと思って真似してみても、そもそも元が違うのだから本人と同じようにはなれない、という感じで。

真似しようと努力したものの自分の中で「背伸び感」が強すぎて 「あ、無理だ」と早々に諦めてしまいました。

支えになったのは担任と「赤毛のアン」

周囲から浮いていて辛かったですが、幸いなことに私には2つの支えがありました。

それはクラスの担任と、小説「赤毛のアン」でした。

クラス担任

小学3年の時のクラス担任は、私を「頑張り屋さん」と評価してくれる先生でした。

空回りしてしまう時もあるけれども、それは「頑張っているから」だと。

怒られた記憶など一度もありませんし、いつもニコニコ私を眺めてくれていたイメージがあります。

 

冒頭の自己評価に「何事も全力でやる頑張り屋さん」と入っているのは、この担任の先生の影響です。

私の中では人生の中で最も大好きな先生の1人なのですが、意外と同級生たちの評価は高くなかったようです。

 

というのも、小学6年の頃、学校の担任は誰が良かったか等の話題になった時に、もちろん私は真っ先にこの先生の名前を出したのですが

同級生たちの評価は、「全般的に厳しい」、「課題(宿題)が多いしやらないとうるさい」、「行事とかに張り切り過ぎて暑苦しい」とか。

厳しいイメージが一切なかったので、周りとのイメージのギャップに驚きました。

 

小説「赤毛のアン」

そして、私のもう一つの支えが小説「赤毛のアン」でした。

孤児で、赤毛で、自己肯定感が低くて、性格が強烈で、周りとなかなか馴染めなくて、でも利発で明るくて、空想が大好きな主人公のアン。

 

そんなアンが徐々に周りを魅了し、愛される存在になっていくストーリーに自分を重ね、

「私もアンのようになりたい」

「もしかしたら私もそんな日が来るかもしれない」

と勇気をもらっていました。

赤毛のアンが心底好きな私の部屋の本棚には、いつの間にか赤毛のアン含むモンゴメリの赤の背表紙の文庫本(23冊前後あったと記憶しています)が並んでいました。

母が買ったのでしょう。瞬く間に読破しました。

ミーガンフォローズ版赤毛のアンの実写映画もシリーズ全て視聴しました。

 

アンは私の憧れでした。

悲しくなったり辛い時は、アンのお得意のワインソムリエのような”空想”を真似したりして乗り切ろうとした事も。

 

アンの「私は私」というスタンスに、周囲と馴染めないけどそんな自分でも良いのかもしれないと、自分自身を認めてあげる事を教わったような気がします。

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